アレルギーと私 02.1983年頃
- e-penguin1
- 6月30日
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私は1983年に熊本大学を卒業し、熊本大学耳鼻科医局に入局しました。アレルギーを研究している教室でしたので、研修医時代に実験用動物(マウスなど)に関するアレルギーの調査研究をしたことがあります。この時代は、アレルギーの研究は全国的に盛んでしたし、世界的にもそうだったと思います。熊本ではスギ花粉症を発症する人が増え始めた時代でした。また、アレルギーは遺伝すると考えられていて、1985年に発表されたPCR法が普及してヒトの全ての遺伝子が解析されればアレルギー遺伝子が発見されるだろうと考えられていました。ただ、私は、遺伝なのにスギ花粉症の人が増えているのは何故だろうとも思っていました。
この頃のアレルギー性鼻炎の治療薬は、効果時間が短く眠気を催す抗ヒスタミン剤、ステロイド剤や、ステロイド・抗アレルギー薬の点鼻薬しかなく、減感作療法と呼ばれた免疫療法も広く行われていました。このあと、効果の持続・眠気の点で改良された薬が登場してきましたが、鼻づまりに有効な薬はありませんでした。
ロイコトリエン受容体拮抗薬という抗アレルギー剤があります。ロイコトリエンは化学伝達物質の1つですが、元となる物質がプロスタグランディンと一緒です。1982年には、プロスタグランディンを発見・研究した人々がノーベル賞を受賞しました。この頃のアレルギー研究の花形は、これらの化学伝達物質に関係するものだったと思います。私もアレルギーの研究に加わるよう誘われましたが、当時の私はアレルギーには興味を持てず、研究の道へは進みませんでした。

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